東京マラソンから生まれた
つながりのストーリーをシェアしよう
Let’s Share Your Story —
Connected through the Tokyo Marathon
Run the Tokyo Marathon 2027!
プレゼントキャンペーン!」
当選者は4月中旬頃発表いたします。
Interview Relay 2026 ~2nd Run~
東京マラソンを通じて、
誰かとつながった。
The Tokyo Marathon: Where People Connect
東京マラソンは、
ただのマラソンレースでは
ありません。
ランナー同士、家族や友人との絆、
ボランティアとの出会い。
新しい誰かとの励まし合いや、
国境を越えた交流――。
42.195kmの道のりの中で、
数えきれないほどの人と人との
“つながり”が生まれています。
東京マラソンを通して、
誰かと心がつながった瞬間。
その体験は、きっとあなただけの特別なストーリーになっているのではないでしょうか。
今回の「インタビューリレー 2nd Run」では、
東京マラソンを通して生まれた多くの“つながりのストーリー”をお寄せいただきました。
たくさんのご応募、
誠にありがとうございました。
Interview Relay
東京マラソンを
通して生まれた
つながりのストーリー
Connected Stories — Through the Tokyo Marathon
東京マラソンの42.195kmの先には、
誰かとの出会いや支え合い、
想いの共有があります。
ランナー同士、
ボランティアと参加者、
チャリティ寄付者と受け取る人、
そして世代や国境を越えた出会い…
さまざまな立場で
東京マラソンを支える人々の
“リアルなつながりの物語”を、
1対1の対談形式でリレーします。
走ること、応援すること、
支えること――
その先に生まれた素敵な
“つながりストーリー”を
ご紹介します。
東京マラソン2027出走権
プレゼントキャンペーン
Presented by the Tokyo Marathon 2027 Official Partners.
あなたの「東京マラソン2026で生まれた“つながり”の
ストーリー」が、
未来へつながる一歩に。
“人と人とのつながり”をテーマにした
エピソード募集キャンペーンは、
2026年3月19日をもって応募受付を終了しました。
東京マラソンを通して出会った人、支えてくれた存在、共に走った仲間――
東京マラソンを通して生まれた、たくさんの「誰かとの物語」をお寄せいただきました。
その一つひとつのストーリーが、まだ見ぬ誰かの背中を押し、
未来へとつながる力になると信じています。
たくさんのご応募、誠にありがとうございました。
当選者の発表は4月中旬頃を予定しています。
つながりのストーリー
~インタビューリレー2025~
インタビューリレー2025で選ばれた感動のストーリーをご紹介します。
ランナーやボランティア、チャリティを通して生まれた“つながり”の物語を振り返りながら、あなた自身の物語を思い描いてみてください。
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My Tokyo Marathon is…? 同じ言語を話せなくても、私たちはひとつになれる

東京マラソンへの想いを42のストーリーで繋ぐインタビューリレー。
今回は東京マラソンをきっかけに20年来の日本の友人と再会したJames Wylieさんの素敵なストーリーをご紹介します。
東京マラソンは何年も経って私たちを結びつけてくれた
――現在掲載されているインタビュー記事で最も共感した記事を教えてください。何km目のランナーの記事ですか?
最も心に響いたインタビューは、新田祐己さんの「私の人生を変えた、日々を頑張れる糧」でした。
新田さんは参加者全員がレースを楽しみ、目標を達成し、全員の安全を確保することをミッションに東京マラソン財団の職員として頑張っているという点でとても感動的でした。
――東京マラソンの一番の魅力、走りたくなるポイントはどんなものですか?
東京マラソンのコンセプトである「東京がひとつになる日。」は、私にとって非常に強く響き、東京マラソンに参加したい理由でもあります。
私が若い頃、イギリスの実家は留学生のホームステイ先でした。日本人男性が1年間滞在し、素晴らしい友情を築きました。幼い頃に日本について多くを学んだことで、日本の文化や人々への好奇心が刺激されました。私たちはとても素晴らしい友情を築き、翌年、彼が東京に戻った後、彼の弟も私たちのところに滞在し、私の故郷で英語を学び、1年間私の家に滞在しました。
この間、私は日本について、その自然の美しさについて多くを学び、そして少しだけ日本語も学びました。私たちはメールで連絡を取り合い、彼らに触発されてチャリティを通じて東京マラソンに参加することとなり、20年以上経って再会し、東京マラソンを走る前夜に東京の彼らの家で昔の友人たちと共に手料理を楽しみました。東京マラソンは20年の時を経て私たちを再び結びつけてくれました。若い頃からの長年の友との再会は私が東京マラソンに参加したいと思った理由の一つで、また友人と再会するためにも参加したいと思っています。私にとって、これは東京マラソンが目指す「ひとつになる」の精神を体現しています。
ブライトンのシャツを着ている日本人ランナーがいるなんて!
――あなたの心が動いた東京マラソン関連のエピソードやストーリーを教えてください。
私の故郷はイギリスのブライトンです。私はずっとブライトン・アンド・ホーヴ・アルビオンFCのファンで、消滅と破産の危機に瀕していた小さなチームからリーグを駆け上がり、今ではプレミアリーグで戦うまで、彼らを応援してきました。
現在、ブライトンには三笘薫という日本人サッカー選手がチームでプレーしています。彼は日本では大スターです。東京マラソン2025を走っていたとき、ブライトンのサッカーシャツを着た日本人ランナーを見かけたほどです。若い頃は、ブライトンのシャツを着てチームを応援する日本人たちがマラソンを走るなんて夢にも思いませんでした。ここでも「東京がひとつになる日。」というテーマが心に響き、彼の横を走りながら「シーガルズ!」(ブライトンの愛称)と叫びました。彼は微笑んで笑い、私に向かって叫び返しました。地元のチームが応援されているのを見て、私はエネルギーが湧いてきました。そして、彼にも少しはモチベーションが上がったことを願っています。その短い瞬間、私たちはひとつになりました。
――東京マラソンは2027年に20回大会を迎えます。世界一の大会になるために、東京マラソンに期待したり、もっとパワーアップして欲しいことはありますか?

日本国外から来た多くの人が、日本を訪れて文化を学び、街を見ることに非常に興味を持っていることを知っています。沿道の声援を受けながら東京の街を走れるのは最高の気分です。2027 年の20 回大会では、特に海外からの参加者をもっと多く受け入れ、できるだけ多くの人が楽しめるようにして、日本への関心を高め、世界最大のマラソン大会の 1 つにできればと思います。
挑戦し、支えられ、同じ目標に向かってひとつになる
――ずばり、あなたにとって東京マラソンとは!?

自分自身に挑戦し、友人や見知らぬ人に支えられ、同じ目標に向かって団結する能力。ランナー、観戦者の多くは同じ言語を話しません。しかし、東京マラソンではマラソンという一つの共通点、目指すものがあるから、同じ言語を話さなくても心が通じ、コミュニケーションを取ることができるのではないかと感じます。東京マラソンでは街も人もひとつになっているのだと思います。 -
My Tokyo Marathon is…? 「届いた応援」の温かさは一生忘れない

東京マラソンへの想いを42のストーリーで繋ぐインタビューリレー。
今回は東京マラソン2025で「一生忘れない」くらいに応援の温かさを感じたという、すしりのさんの素敵なストーリーをご紹介します。
記録更新よりも心が震えた両親からの言葉
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――現在掲載されているインタビュー記事で最も共感した記事を教えてください。何km目のランナーの記事ですか?
29km地点のEuさんです。
――東京マラソンの一番の魅力、走りたくなるポイントはどんなものですか?
お祭り感、安全性、そして東京という街そのものの魅力ですね。
――あなたの心が動いた東京マラソン関連のエピソードやストーリーを教えてください。
「届いた応援」です。
私は27歳の会社員ランナー。去年(2024年)、初めて東京マラソンを走り、4時間24分で完走しました。それまでフルマラソンを走るなんて想像もしていなかったけれど、走ることの魅力にどっぷりハマり、今年(2025年)は自己ベストを大幅に更新し、3時間32分でフィニッシュしました。
でも、今年の東京マラソンで一番心が動いたのは、記録でも景色でもなく、「応援」でした。
私の両親は、もともと私のランニングにあまり関心がなかったんです。去年も「頑張ってね」とは言ってくれたものの、応援に来ることはありませんでした。だから、今年も特に期待せず、「フィニッシュしたら報告しよう」くらいに思っていました。
レース当日、沿道にはたくさんの人がいて、名前を呼ばれたりハイタッチをしたりしながら、私は夢中で走りました。そして、レース後半、しかも一番辛い日比谷公園あたりで、ふと「りのーーー!!!!!」と聞き覚えのある声がした気がしました。でも、疲れもあって幻聴かな?と思い、そのまま前を向いて走り続けました。
レースが終わり、スマホを確認すると、母からメッセージが届いていたんです。
「応援に行ったけど見つけられなかった!でも、本当にすごい!おめでとう!」
驚いて電話すると、「人が多すぎて、あんたを探せなかったけど、頑張って走る人たちを見ていたら、なんだか泣けてきちゃって。あんなに一生懸命走っているんだね」と母が言いました。
応援に慣れていない両親は、きっとどこで待てばいいのかも分からなかったでしょう。それでも、人混みの中で私を探し、私の走りを想像しながら応援してくれていた。そのことが、たまらなく嬉しかったです。
走り終えた後の記録更新の喜びよりも、両親の「応援に行ったよ」の言葉が、私の心を一番震わせました。
もしかしたら、私の走りはこれからも変わっていくかもしれない。でも、今年の東京マラソンで「届いた応援」の温かさは、一生忘れないと思います。
お父さん、お母さん、見に来てくれて、ありがとう。
東京マラソンは愛のかたまり!

――東京マラソンは2027年に20回大会を迎えます。世界一の大会になるために、東京マラソンに期待したり、もっとパワーアップして欲しいことはありますか?
こんなに素晴らしい大会はもうないのでは?というくらい大好きな大会です。
――ずばり、あなたにとって東京マラソンとは!?
愛のかたまり! -
My Tokyo Marathon is…? 恋人にプロポーズ、私の愛が完成した日。

東京マラソンへの想いを42のストーリーで繋ぐインタビューリレー。
今回は東京マラソン2025を完走した恋人にプロポーズをしたというYOONSIC YOOさんの素敵なストーリーをご紹介します。
応援しながら見つけた東京マラソンの魅力
――現在掲載されているインタビュー記事で最も共感した記事を教えてください。何km目のランナーの記事ですか?
私が共感したストーリーは、12km地点の神野大地さんのインタビューです。私は韓国出身のランナーで、東京マラソン2025に参加したガールフレンドを応援するために訪れました。私たちは 2 人とも向上心が高く、とても競争心の強いランナーです。東京のさまざまな場所で彼女を応援しながら、このレースはランナーにとって理想的なコースであることがわかりました。雰囲気も最高でした!来年のレースにぜひ参加したいと思いました。大地さんのストーリーにはすべてが詰まっていると思いました。向上心のあるランナーをサポートしようとする彼の努力はただただ素晴らしく、共感できました。ランニングコミュニティを設立した理由も大きなモチベーションになります。また、東京は他のアボット・ワールドマラソンメジャーズ(AbbottWMM)の中でも最高のコースと運営力を持っていることにもまったく同感です。
――東京マラソンの一番の魅力、走りたくなるポイントはどんなものですか?
東京マラソンは最高のコースと優れた運営力を持っていると思います。来年のレースにはぜひ参加したいです。私自身はアボット・ワールドマラソンメジャーズ(AbbottWMM)のうち2つの大会を完走したTwo Star Finisher(2023年ベルリン、2024年シカゴ)で、先ほども述べたように、今年の東京マラソンに出場したか彼女を応援するために東京に来ました。観戦で場所を移動しながら、東京マラソンの魅力的な点をいくつか見つけました。
- 素晴らしいコース
私自身、東京マラソンを走ったわけではありませんが、ほとんどが平坦で、最初の5kmは下り坂だと聞きました。自己ベストを目指すランナーにとって、これは大きなプラスです!
- 良い運営
活動している多くのボランティアを見かけましたが、素晴らしい運営をしていました。ランナーも観戦に訪れた人たちも不便を感じことがない本当に素晴らしい大会です。
- アクセスのしやすさ
場所から場所へ移動する際、コースの近くに地下鉄があるため、クセスしやすく、時間通りに移動することができました。レース中に行ったすべての場所で彼女に会うことができました。
フィニッシュ地点で彼女にプロポーズしよう
――あなたの心が動いた東京マラソン関連のエピソードやストーリーを教えてください。

これから、今年東京で起こった私のストーリーをお話しします。
私と彼女の話をすると、私たちはベルリンマラソン2023で出会い、その1カ月後に交際が始まりました。幸運なことに、私は昨年のシカゴマラソンに参加しましたが、残念ながら彼女は一緒に参加することができませんでした。そして今年、彼女は東京マラソンに当選したことをきっかけに、東京マラソンのフィニッシュ地点で彼女にプロポーズしようというアイデアが浮かびました。
彼女がレースの準備をしている間、私はこっそり準備しました。ついにレース当日、私は15kmと30km地点で彼女のレースを応援し、東京駅に移動してフィニッシュエリアで彼女と合流しました。フィニッシュした彼女を抱きしめ、私は用意していた箱を見せました。彼女はこの予想もしていなかったシュチュエーションに緊張していましたが、すぐに「はい」と答えてくれました。
周りのみんなが、彼女の完走と私たちの結婚を祝福してくれました。そして、今年の東京マラソンは、私にとって一生忘れられないイベントとなりました。
東京マラソンの歴史がまだ20年とは!
――東京マラソンは2027年に20回大会を迎えます。世界一の大会になるために、東京マラソンに期待したり、もっとパワーアップして欲しいことはありますか?
東京マラソンの歴史がまだ20年も経っていないなんて信じられません。2007年よりずっと前から開催されていたと思っていました。
私の観点からすると、東京マラソンにはもっと多くの人が参加できるといいなと思います。私が大会側に提案したいのは、東京マラソンにはもっと多くの人が参加できるといいなということです。
――ずばり、あなたにとって東京マラソンとは!?

東京マラソン2025は私の愛が実を結んだ、一生忘れられないレースとなりました。来年は2025年の素晴らしい思い出とともに東京マラソンを走れるといいなと思います。
Interview Relay 2025 Winners’ Stories
インタビューリレー2025
当選者インタビューー 東京マラソン2026を走って ー
一通の当選通知から始まった、
東京マラソン2026への挑戦。
インタビューリレー2025で出走権を手にした皆さんに、東京マラソン2026でのリアルな体験を取材しました。
当選の瞬間からレース当日、
そして走り終えたその先へ。
沿道の声援、心を動かされた景色、出会った人々との“つながり”、そして生まれた変化――。
写真とともに振り返る、
それぞれの感動のストーリーをぜひご覧ください。
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Mr. Anil Tosa さん
当選したときの気持ちを教えてください。
東京マラソンへの当選を知らせる素晴らしいメールを受け取った時、私は仕事中でしたが、もう有頂天でした!まさか自分が選ばれるなんて思ってもみなかったので、本当に感激しました。実はそのメールを受け取る2日前、妻から妊娠したという報告を受けていたんです。それこそ人生最大級のニュースだったはずなのですが、当選の知らせに興奮して、一瞬そのことすら忘れてしまうほどでした。メールを読んで(東京行きが決まったことが嬉しくて)すぐに妻に電話をしました。「東京へ行くことになったよ!」と伝えたのですが、彼女の声が少し戸惑っているように感じて、私は不思議に思いました。すると彼女は優しく、「私、妊娠しているのよ」と思い出させてくれたんです。もちろん、第一子を授かったことはこの上ない喜びです。ただ、そうなると「本当に東京へ行けるのか」を考え直さなければなりませんでした。大会当日、生まれてくる赤ちゃんはまだ生後3ヶ月。生後3ヶ月の乳児を連れて14時間のフライトに耐えられるのかといった移動の負担など、考慮すべき点はたくさんあります。東京へ行くべきかどうか、妻と二人で長い時間をかけて話し合いました。
東京マラソン2026に向けて、どんな準備や想いで臨みましたか?
東京マラソンに向けた準備は、非常に過酷なものでした。トレーニング自体がハードなのはもちろんですが、ちょうど練習の開始時期にあたる2025年12月3日に息子が誕生したからです。一番の敵は「睡眠不足」でした。30kmのロングランから帰宅した後、本来なら体を休めたいところですが、そこから私の子どものお世話の番です。妻を休ませるために、おむつを替え、息子をあやします。30km走った後に、息子を落ち着かせ、寝かしつけるためにスクワットをしたり、階段を上り下りしたりするのは本当に大変でした。ですが、何ひとつとして「こうしておけばよかった」と後悔していることはありません。
レースを控えた私の心の中には、複雑な思いがありました。実は2025年のロンドンマラソンにも出場したのですが、残念ながら計画通りにはいきませんでした。ゴールまで残り約800mという地点で倒れてしまい、嘔吐し、回復するまでしばらく待機しなければならなかったのです。最終的には完走を許されましたが、その経験が精神的なトラウマとなり、一時は走ること自体を辞めてしまおうかと思ったほどでした。その後、幸いにも走り続けることはできましたが、「東京でも同じことが起きたらどうしよう」という不安は常に頭の片隅にありました。そのため、メンタルトレーニングを重ねて不安を打ち消し、ポジティブな思考に切り替える必要がありました。そんな私を支え、突き動かしてくれたのは、東京で妻と息子がいてくれるという確信でした。レース当日、最も印象に残っている瞬間は何ですか?
沿道の皆さんの素晴らしい応援と、それが途切れることなくずっと続いたことが、とても印象に残っています。コースの途中には観客がいない区間もあるだろうと思っていたのですが、どこを見ても信じられないほど多くの人がいて、すべてのランナーに熱い声援を送ってくれていました。また、浅草の浅草寺の前を駆け抜けたのは、本当に素晴らしい体験でした!
42.195kmの中で、心が動いた出来事や出会いはありましたか?
特定の瞬間を選ぶのが難しいほど、大会全体が素晴らしい経験でした。これほどの体験は、人生で二度とないのではないかと思います。ランナー同士は互いに助け合い、運営スタッフはとてもフレンドリーで、コースも最高でした。当日の天気まで、味方をしてくれているかのように美しかったです。完走できたことだけでなく、ロンドンマラソンでの経験を乗り越え、最後まで力強く走りきれたことは、自分にとって非常に感情が揺さぶられる出来事でした。意識を失うことなくマラソンを完走できたことは、まさに自分自身を取り戻す「リベンジの旅」だったと感じています。
東京マラソン2026を通じて、印象に残っている人や出来事があれば教えてください。
それは100%、愛する素晴らしい妻です。彼女こそが、私が東京マラソンに出場できた理由です。練習に行く気力が起きない日も、彼女は献身的に私を支え、励まし続けてくれました。生後間もない息子を連れて本当に東京へ行くべきか、私はずっと迷っていましたが、彼女は一度も疑うことなく「家族3人で行って、初めての家族旅行を東京で過ごそう」と言い切ってくれました。彼女は最高の母親です。産後間もない時期に、3ヶ月の赤ちゃんを連れて14時間のフライトに挑むだけでなく、夫がマラソンの練習を続けられるよう背中を押してくれる新米ママが、ほかにどれほどいるでしょうか。東京マラソンでの完走メダルは、私たち家族3人のものです。
東京マラソン2026の経験は、あなたにどんな変化をもたらしましたか?
今回の経験で、妻との絆がより深まったと感じています。息子の世話だけでなく、お互いを思いやるチームとして動くことができました。おかげで、幼い息子を連れての旅行にも自信がつきました。また、息子にとって良い手本であり続けられるよう、健康的な習慣を維持していこうという決意もより確かなものになりました。
走り終えた今、東京マラソンはあなたにとってどんな存在になりましたか?

東京からロンドンへ戻るフライトの中で、じっくりと振り返る時間がありました。 腕の中に息子を抱きながら、私たちがどれほど無謀な挑戦をしてきたのかを実感しました。 初めての子どもを迎え、生後3か月の赤ちゃんを連れて東京へ渡り、さらにロンドンマラソンでつらい経験をした後にもかかわらず、マラソンのトレーニングを続けてきたのです。
それでも、もしもう一度できるなら、私は同じことをまたやると思います。 東京マラソンに出場する機会をいただけたことは、本当に光栄であり特別な経験でした。 そして、この思い出は一生大切にしていきたいと思います今回の経験を一言で表すと?

「一生に一度の、かけがえのない時間」
東京マラソン2025 インタビューリレー
Anil Tosarさんのストーリーはこちら -
James Wylie さん
当選したときの気持ちを教えてください。
自宅でメールをチェックしていたら、東京マラソンの事務局から思いがけないメールが届きました。2026大会のランナーに選ばれたと知った時は、本当に興奮しました!2025大会が最高に楽しかったので、また2026年も走れることになったと知った時、待ちきれない気持ちになりました!すぐにイギリスの友人や家族、同僚に報告し、日本の友人たちにも「また走りに日本に再び行くよ!」とLINEを送りました。

東京マラソン2026に向けて、どんな準備や想いで臨みましたか?
今回のレースに向けて、昨年とは少し違う準備をしました。経験を積んだおかげで、自分の体の得意・不得意が分かり、コースも以前より把握できていたので、当日に何が待ち受けているかも分かっていました。トレーニング用とレース用のシューズを新調し、初めてのカーボンプレート入りシューズ(アシックス Magic Speed 4)も購入しました。また、水分補給の戦略も変えました。2025年のレースは本当に暑かったです!イギリス出身の私は、暗くてジメジメした風の強い夜にトレーニングを積んできたので、2025年のレースの非常に暑くて乾燥したコンディションでのマラソンは、まさに衝撃でした。そのため、2026年のレースに向けては、万全な準備ができるよう、水分補給の方法を調整しなければなりませんでした。ジェルの摂取タイミングや水分量、給食などをより綿密に計画したのです。準備した甲斐がありました!幸いにも2025年よりは少し涼しかったのですが、自分自身の体もより強く感じられました。コースを把握していたので、(時には日陰を求めて)道路のどちら側を走るべきかも分かっていました。最終的に、3時間43分という、2025年よりも27分も早い自己ベストを達成しました!

レース当日、最も印象に残っている瞬間は何ですか?
沿道の応援はいつも通り素晴らしかったです。みんなが「がんばって!」と叫んでくれるのが、走り続けるモチベーションになりました。今回の旅には、彼女も同行してくれました。彼女にとっては初めての東京だったので、私やランナー仲間を応援できるよう、どこでレースを見るか事前に計画を立てておきました。同僚たちもアプリで私を追跡して、オンラインで応援してくれました!大会の運営スタッフも最高でした。給水所やエイドステーションも充実していて、スタッフ全員が、ランナーが足を止めずに済むよう、そして必要な水分補給ができるよう、万全の態勢で迎えてくれました。
42.195kmの中で、心が動いた出来事や出会いはありましたか?
他のランナーたちの姿、そして彼らそれぞれの闘いや挑戦を目の当たりにした時です。コースにいるひとりひとりが、それぞれの思いを胸に走っていました。折り返し地点の反対車線では、(私より何マイルも先を行く!)プロの選手たちの姿も見えました。私には夢見ることさえもできないようなタイムを競い合っているエリートランナー。その一方で、ルフィなどのコスチュームに身を包み、楽しむため、あるいは素晴らしい大義のために走っているランナーたちもいました。2025年に私自身がそうであったように、さまざまな目的で資金を集めるチャリティーランナーたちの姿もありました。さらに、自分では走ることができない方々を車椅子に乗せて押し、一緒にレースを体験する人たちも見かけました。そこにいた全員が、自分自身のレースを、自分なりのやり方で、それぞれの理由を胸に走っていました。そして私も、その中の一人だったのです。

東京マラソン2026を通じて、印象に残っている人や出来事があれば教えてください。
誰か一人ではなく、色々な方々の姿が印象的でした。特に地元の方々!レースのあちこちでバンドやダンサー、パフォーマーたちが奏でる伝統音楽に触れられたのは最高でした。一生会うこともないであろう赤の他人を応援するために、自分たちの貴重な日曜日を捧げてくれました。それはものすごく寛大なことだと思います。だから、彼らの前を通り過ぎる時は必ず、感謝を込めて拍手を送るようにしました。
東京マラソン2026の経験は、あなたにどんな変化をもたらしましたか?
東京は世界で一番好きな都市です。この素晴らしいレースを2度も走る機会に恵まれて、本当にラッキーだと思っています。一度走れば十分だと思っていましたが、今の自分は「また走って、自己ベスト(PB)を更新できるか試してみたい!」と思うほど、このレースに魅了されています。いつかまた戻ってきて、私にとっての「東京マラソン三部作」の第3章となる、第3ラウンドに挑戦できればと願っています!
走り終えた今、東京マラソンはあなたにとってどんな存在になりましたか?
東京マラソンのキャッチコピー「東京がひとつになる日。」が、すべてを物語っています。そして、私はまさにそれを体感しました。私の完走を見届けるために、彼女が東京まで駆けつけてくれました。東京の同僚たちは、滞在中に居酒屋で飲食しながら近況を語り合える会をセッティングしてくれました。アメリカから来た同僚とは一度も会ったことがありませんでしたが、レース後に合流し、東京の街を走り抜けた喜びを分かち合いながら、食事と笑いあふれる時間を過ごしました。さらに、20年以上前に私の実家に留学生としてホームステイしていた、長らく疎遠だった友人たちとは、2025年に再会を果たし、2026年にまた会うことができ、彼らの家族と一緒に手料理を囲んで素晴らしい時間を過ごしました。これらすべての縁が、東京マラソンを通じてひとつに繋がったのです。
今回の経験を一言で表すと?