インタビューリレー
東京マラソンを通じて生まれたつながりのストーリー
赤﨑暁選手と優花選手 走ることでうまれた絆 ― 共に走る夫婦が語る、人と人とのつながり

「東京マラソンを通じてうまれた“人と人のつながり”のストーリー」をテーマにお届けするインタビューリレー 2nd Run。
今回はともに2024年パリオリンピックにマラソン日本代表として出場し、互いに6位入賞した赤﨑暁選手、赤﨑優花選手(旧姓:鈴木)のマラソン界ビッグカップルのつながりのストーリーを紹介します。
二人の出会い、同じ陸上長距離選手だからこそ分かり合える夫婦の絆、駅伝や東京マラソンを通じて得た人と人とのつながりの大切さ、そして将来の目標・夢などについて伺いました。
駅伝を通じて感じた大切な「出会い」と「つながり」
――はじめに、ランニングを始めたきっかけから教えてください。
赤﨑暁 小学2年生くらいだったと思いますが、市民ランナーだった父と一緒に走りに行ったのがきっかけだったと思います。
赤﨑(優) 私はもともと走るのが得意な方ではなかったのですが、小学生の時に鬼ごっこで遊ぶようになってから、秋のマラソン大会で毎年、学年3位までに入るようになったんです。そこから陸上競技に興味を持つようになりました。そして中学校の東北大会で入賞するところまで行けたことがきっかけで、長距離を本格的に始めるようになりました。
――これまでの競技人生や駅伝を通して、大切にしてきた「出会い」や「つながり」を感じた瞬間について教えてください。
赤﨑暁 ここ最近で一番強く感じているのは、やはり周りの手助けなしではここまで来られなかったということですね。特にチームスタッフの皆さんには、パリオリンピック前など思うようにいかなかった時期でも見捨てることなく、最後まで支えていただきました。そのことは本当に嬉しかったです。そのスタッフの方々への恩返しとして自分にできることは、やはり走ることだと、より強く思うようになりました。
赤﨑(優) 私は大学時代に日本代表クラスまで一気に競技力が伸びたのですが、その過程で監督やコーチ、栄養士さん、トレーナーさんが、私一人のために長い時間をかけて指導してくださいました。試合の最後まで見届け、一緒に喜んでくださる。そうした存在は決して当たり前ではありませんし、「あなたの目標は私たちの夢でもあるから」と背中を押してくれる人たちは、本当に大切にしたい仲間たちです。
これからもチームスタッフはもちろん、家族や友人、地元の皆さん、そして直接の関わりがなくても応援してくださる皆さんとの出会いを大切にしていきたいと思っています。
赤﨑暁 駅伝で感じた「つながり」という点では、大学時代に主力区間を走らせてもらっていた頃のことが印象に残っています。当時は、自分と留学生メンバー主体のチームでしたが、出雲駅伝や全日本大学駅伝の結果を受けて、チームメイトたちが「二人に頼ってばかりではいけない」と感じたようです。そこから、チーム全員が一つの目標に向かってまとまっていった時に、仲間との強いつながりを感じました。
また、当時お世話になった山下拓郎監督のためにも結果を残したい、箱根駅伝のシード権を取りたいという思いで走っていましたが、「誰かのために走る」という気持ちが、人と人とのつながりを生むのだと、特に大学4年生の時に強く感じました。
赤﨑(優) 私も駅伝を通して、仲間とのつながりを強く感じました。駅伝は一人では戦えない競技ですし、仲間一人ひとりと向き合う姿勢の大切さを学ぶ機会になりました。また、応援してくださる皆さんがいるからこそ、私たちは走ることができます。
以前所属していた第一生命は応援団がとても熱心な会社で、大会には全国から1000人近くの社員の皆さんが応援に来てくださっていました。業務上の直接的な関わりがなくても、時間や交通費をかけて応援に来てくださる。その声援が力になるという経験は、競技人生の中でも大きなものでした。皆さんの笑顔が見たくて頑張れる、そうした「人と人とのつながり」や「出会い」が、今の私の力の源になっています。
赤﨑暁 僕も今は「自分のためだけに走る」というより、「誰かのために走る」という気持ちの方が強いですね。一人ではここまで来ることはできませんでしたし、チームスタッフやマネージャー、仲間、家族に支えてもらったからこそ今があります。その支えてくれた人たちのために走ることを駅伝で学び、それが今に生きているのだと思います。
二人の最初の出会いはパリオリンピックがきっかけ

2023年秋に開催されたMGCではパリオリンピックへのチケットを手にし、共に表彰台に上がった
――お二人が出会ったきっかけは、どのような場面だったのでしょうか?
赤﨑暁 パリオリンピックへの道のりが出会いのきっかけと言えるかもしれません。2023年秋に開催されたMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)の結果で二人ともオリンピック代表に内定して、その後にパリのコースを代表メンバーで試走に行ったのですが、そこで初めて会話したことがきっかけなはずです。
赤﨑(優) それ以前にも大会などですれ違ってはいるかもしれませんが、チームも違うし、接点は全然なかったですね。初めて会話した時から波長が合うのも不思議な感じでしたし、すごく話しやすくて、年齢も2つ上なので、頼りになる先輩みたいな感じで接してくれたんです。
――同じ長距離の陸上選手だからこそ、夫婦で共感できる部分、励まし合える部分などはありますか?
赤﨑暁 お互いに練習などのスケジュールの忙しさが分かっているので、例えば「明日から10日間ほど合宿に行ってきます」となっても、自然と理解し合えます。また、練習の過程で行き詰まることがあっても、一番近くにいる存在だからこそ相談しやすいというのは、自分にとってもすごく大きなことだと感じています。妻と結婚したことは、競技の面でも大きなプラスになっていますね。
赤﨑(優) 私自身、外に走りに行くのが少し嫌だなぁと思う時があるのですが、そんな時は夫に「一緒に行こうよ」と言って連れ出しています(笑)。一緒に走ると楽しいですし、モチベーションの継続にもつながりますよね。やっぱり、夫婦二人で良い結果を出して、一緒に喜び合いたいという目標もあるので、夫の存在は私の頑張る力になっています。
マラソンを通じて強まっている夫婦の絆

TOKYO ROKUTAI FES 2025には2人でゲストとして参加
――そうしたことも含めて、夫婦の絆が強まっていることを実感する瞬間などはありますか?
赤﨑(優) 急にというよりは、段々と強まっているなと感じています。昨年、大阪国際女子マラソンに出場した時に、一緒に20kmくらい、観光も兼ねたジョギングをしたんです。その時に、こうして二人で全国のいろいろな大会に出たり、イベントに参加したりと、陸上に関わることを頑張っていけば、こんなに楽しいことがあるんだなと感じました。ですので、二人が元気なうちに、もっとたくさんの場所を一緒に走りたいなと、今は思っていますね。
赤﨑暁 二人で走ることはすごく楽しくて、練習に行くというより、僕としてはほとんど遊びに行くような感覚なんです(笑)。陸上とプライベートは一線を引いておきたいとは思っているのですが、ジョグ中にずっと話していたり、周りがうるさいと思うくらい笑い合っていたりする時もあります。そんな瞬間に、お互いが何も隠すことなく、さらけ出しながら一緒に過ごしているんだなと感じますね。
一緒に走っている最中は、「あそこのカフェ、行ってみたい」とか、「パンのめっちゃいい匂いがする」とか、歩きながらでもできるような他愛のない日常会話ばかりです。
赤﨑(優) 周りの人から見ると、だいぶ目立っていると思います(笑)。
赤﨑暁 こうして夫婦として過ごしていく中で思うのは、陸上選手同士で結婚したあと、どちらかが選手を引退するケースもあると思うのですが、僕たち二人は、互いに競技者として、そして夫婦としてやっていくことを選びました。
東京マラソンで感じた応援のチカラ、直接触れ合うことの大切さ

東京マラソン2025に出場した際の赤﨑選手
――東京マラソンに抱く印象や特別な思い、また東京マラソンだからこそ感じた「つながり」を教えてください。
赤﨑暁 僕の中では「日本一のマラソン大会」だと思っています。世界中からたくさんのランナーが参加しますし、自分の中では一番大きな大会です。マラソンを走るなら、必ず一度はきちんと走りたい大会だと思っていました。
東京マラソン2025を実際に走ってみて、これまで走った大会の中で、沿道の応援の声が一番多く、ランナーの数も一番多かったと感じました。応援してくれた方々の声があったからこそ、最後まで走り切ることができたと思っています。特にSNSでの反響がすごく大きくて、これほど多くの方々に応援されていたんだなと実感しました。だからこそ、その声に応えるためにも走ることが、今の僕の使命なんだと思っています。
また、日本記録の更新をテーマに東京マラソン2025に挑戦し、達成はできなかったのですが、そこに至るまでの準備や練習の過程など、さまざまなことをスタッフの皆さんが支えてくださったことには、本当に感謝しています。
赤﨑(優) 私は東京マラソンファミリーランに参加させていただきました。スタートからダッシュする子、マイペースでゆっくり走っている子、車いすで参加している子も含めて、ご家族でそれぞれ楽しそうに走っている姿を見ていると、自分はどういう気持ちで走りたいのかなと、改めて見つめ直すきっかけにもなりますし、本当にいい大会だなと感じました。
また、私たち選手は最後に「やったねー」とハイタッチで子どもたちを迎えるのですが、その時に改めて思ったのは、スポーツはさまざまな隔たりを超えて人と人をつないでくれるものなんだなということ。東京マラソンに出場した皆さんは国境の垣根を越えてくれますし、新型コロナで一時はどうなるかと思いましたが、それも乗り越えて、人と人とが直接つながることを感じさせてくれる大会だと思いました。
――東京マラソン2025では、優花選手はファミリーランの後に暁選手の応援に行ったのでしょうか?

東京マラソンファミリーラン2025に参加した際の赤﨑(優)選手(当時)
赤﨑(優) はい。応援に行ったのは34km地点と、最後の2kmを切ったあたりだったと思います。
赤﨑暁 そうですね。石畳に入るくらいのところでしたね。
赤﨑(優) だいぶきつそうだなと思いながら見ていました。それまでは日本記録ペースで順調に走れていたのですが、その日は気温も高く、花粉もすごく飛んでいて、本人はかなり苦しかったみたいです。でも、練習を重ねて全力でぶつかっていく姿を生で見ることができて、すごく刺激になりました。
赤﨑暁 東京マラソン2025でのチャレンジについては、妻からも「良い走りだった」と言ってもらえましたし、次のマラソンに向けて、また二人一緒に頑張っていこうという話をその日の夜にしました。お祝いのディナーを用意してくれてました。
赤﨑(優) 外食だったのですが、日本記録更新を目指した大会でもあったので、お店を予約していました。力を出し切った旦那を引きずりながら「ほら、行くよ」って、ご飯を食べに行きました(笑)。
赤﨑暁 東京マラソンは妻に初めて応援してもらったマラソンでもありますし、その前に妻が走った大阪国際女子マラソンでは自分も微力ながら支えになれたのかなと思います。その時はまだ夫婦になる前ではありましたが、一人ではなく、二人で一緒に頑張ったと感じられる特別な大会になりました。
夢は夫婦二人でメダル獲得、そして47都道府県でマラソン参加


東京レガシーハーフマラソン2023と同日開催されたMGCで共にパリオリンピックへの切符を掴んだ赤﨑選手と赤﨑(優)選手の走ることで共に描く夢は続く
――今後、個人として、そして夫婦として挑戦したい目標、夢を教えてください。
赤﨑暁 個人としては、日本記録の更新を必ず達成したいと思っています。夫婦としては二つ目標があります。一つは、夫婦で同じレースに出場し、鈴木健吾さんと一山麻緒さんが出した「同一大会での夫婦によるマラソン完走の最速合計タイム」のギネス記録を更新すること。
もう一つは、競技を引退してからになるかもしれませんが、47都道府県のマラソン大会に二人で参加することです。それができたら、悔いのない陸上人生になるかなと思います。
赤﨑(優) オリンピックや世界選手権でのメダル獲得、入賞、そして日本記録の更新は、私個人の目標でもあり、夫婦二人の目標でもあります。
47都道府県のマラソン大会に夫婦での出場は、引退後に楽しみながら全国を回ることができたらいいですね。その活動を通じて、「ランニングはみんなで走ると楽しい」ということを伝えていけたらと思っています。
――東京マラソンをこれから目指すランナー、ボランティア、応援してくれる人たちへ、お二人からメッセージをお願いします。
赤﨑暁 自分たちが公共の場を事故なく走らせていただけているのは、本当にボランティアの皆さんや、応援してくださる方々のおかげだと感じています。
東京の街のど真ん中を走るという経験は、なかなかできるものではありませんので、人生の中で一度でも東京マラソンを経験していただけたら嬉しいです。今まさに頑張っているランナーの皆さんには、目標に向かって楽しむことを忘れずに、大会当日を迎えてほしいなと思います。
赤﨑(優) 私も「楽しむ」という気持ちを大切にして走っていただきたいと思います。また、ボランティアの皆さんや、警察、東京都の皆さんなど、交通に関わる多くの団体の支えがあって、私たちは長時間にわたって公道を走ることができています。そうした支えてくれる皆さんへの感謝の気持ちを持って走ることで、より一層頑張れると思います。ランナー代表というと恥ずかしいですが、感謝して走っていますという気持ちを、東京マラソンに関わるすべての方にお伝えしたいです。