インタビューリレー
東京マラソンを通じて生まれたつながりのストーリー
「東京マラソンをつなぐ二人のリーダー」―レースディレクターのバトンに込めた想い

東京マラソンを支え、つないできた二人のリーダー。
東京マラソン財団の早野忠昭理事長は長年、東京マラソンのレースディレクターとして大会の基盤を築き上げ、その役割を次の世代へと託しました。その際に声をかけたのが、現在レースディレクターを務める大嶋康弘レースディレクターでした。
なぜ早野理事長は、大嶋レースディレクターを後任に指名したのか。そして、その想いを受け取った大嶋レースディレクターは、東京マラソンをこれからどのような大会へと進化させていこうとしているのか。
「東京マラソンを通じて生まれた“人と人のつながり”のストーリー」をテーマにお届けするインタビューリレー 2nd Run特別編では、東京マラソンを支えてきた二人の出会い、信頼関係、そして未来へつなぐ想いについて語っていただきます。
二人の出会いはビジネスの現場で

――お二人の出会いについて教えてください。
早野 以前に在籍していた会社で一緒に働いていました。
大嶋 早野さんは経営企画室の室長を務めていて、私の直属の上司でした。ビジネスの師匠です。当時はマーケティングなども担当しており、特に高校生など若い陸上競技者に向けて、いかに心に響くブランディングをしていくかという施策に取り組んでいました。正直、予算も潤沢ではない部署だったのですが、早野さんはものすごいアイデアマンで、面白いことを一緒にたくさん経験させていただきました。
――そのアイデアで思い出に残っているプロジェクトはありますか?
大嶋 やはり若い世代に向けたプロジェクトが記憶に残っています。高校生がインターハイで優勝するというのは非常に栄誉あることで、同じ高校生の競技者の中でもヒーロー、ヒロイン、憧れの存在になるわけです。すぐ隣にいるスーパースターのような存在ですよね。そうした選手たちをもっと称えた方がいいのではないかということで、会場にある勤めていたスポーツメーカーのブースに優勝選手を招き、商品の詰め合わせをプレゼントしました。しかも、その商品を金色の紙袋に入れて贈る「ゴールドバッグ作戦」という名前をつけましてね(笑)。
そうすると選手はやはり笑顔になりますし、他の高校生たちもブースにたくさん集まってきて、チェキで選手と一緒に写真を撮るなど、随分と盛り上がりました。アイデア一つで高校生たちの心に響くことを考え、さらに僕たちをリードしてくれる早野さんはすごいなと思いました。
早野 要するに、予算が限られている中でいかにコミュニケーションの場を作るかということですよね。選手たちが感じている陸上競技に対する誇りをどこで取り上げ、スポットライトを当てるか。また、憧れの選手たちに会えるミーティングポイントをどこで作るか。逆に言えば、予算がなかったからこそ、より身近で心を惹きつけるプロジェクトができたのだと思います。当時は本当に勉強させていただきました。
――その当時の経験が東京マラソンに生きている部分はありますか?
早野 もちろんあります。東京マラソンは3万9000名のランナーが走る大会ですが、「SHOW YOUR STORY.」ということで、一人ひとりにスポットが当たる日でもありますよね。その一人ひとりが「素敵な日だったね」と思える日を用意するという意味では、当時と変わらない思いでアイデアを考えているのかなと思います。
世界を見てきた経験を、次のステージへ

――レースディレクターを大嶋さんに任せようと思った理由を教えてください。?
早野 レースディレクターというのは、基本的にはレースを作っていく人、つまり東京マラソンの責任者です。エリートレースだけでなく一般ランナーの部も含めて、全体を統括する立場になります。
ただ、いつまでも私がレースディレクターでいてはいけないと思っていましたし、理事長の役目を仰せつかった後は、東京マラソン財団としてランニング文化を世界に広げていくことや、スポーツが一般のライフスタイルの中でより中心的な存在になるようにしていかなければならないと考えるようになりました。
東京マラソン自体は完成に近い状態にありますので、今後は次のレースディレクターに任せて、さらに新しいステップへ進んでもらえればいい。その一方で、私自身が取り組むべきことは他にあると感じています。東京マラソン財団はほかにも東京レガシーハーフマラソンを開催していますし、ランニング文化が平和で健康的な社会に寄与する部分を、自分なりに追求していきたいという思いもありました。
それで後任を誰にするかと考えた時、レースディレクターには語学やマーケティングなどさまざまな要素が求められますが、それらを満たす人材は国内ではなかなか見つかりません。そうした中で、海外から招くことも検討しましたが、日本の文化やコミュニケーションを理解している人が望ましいと考え、大嶋君が候補としてすぐに思い浮かびました。
――実際にはどのように打診したのでしょうか?

早野 第2回の東京レガシーハーフマラソンの時だったと思います。実はその前の年から大嶋君を後任にしようと考えていたのですが、その時は決断できず、1年かけて自分の中で考えました。アボット・ワールドマラソンメジャーズ(AbbottWMM)のメンバーと渡り合わなければいけないですし、グローバルスタンダードに対応できるかどうか。また、大嶋君自身もレースディレクターを引き受けるとなると大学の教職を辞めなければならない事情がありましたから、簡単には決められませんでした。そして1年後、その時に宿泊していたホテルのイタリアンレストランに改めて大嶋君を呼んだわけです(笑)。
大嶋 いや、もう本当に青天の霹靂でした。正直、ビックリしましたね。実は随分と前に冗談半分で「お前、東京マラソン財団に来いよ」みたいなことを言われたことはあったんです(笑)。でも、まさか本当にレースディレクターの後任というお話をいただくとは思ってもいませんでした。ただ、日本陸連で16年ほど仕事をしてきた中で、日本選手権、ゴールデングランプリ、MGC(Marathon Grand Championship)など色々な競技会を担当してきたので、やはり現場はいいなという思いはずっとありました。一方で大学に移ってからは、競技会を“作る側”として関わる機会はほとんどなくなっていました。
早野 一度、彼の授業にゲストとして呼ばれたことがありました。その最後に大嶋先生が「みんな、レポート出してねー」と言っている姿を見て、少し不思議な気持ちになったのを覚えています(苦笑)。
私自身もかつて教職に就いていましたし、教育の現場で未来を担う若い世代に経験を伝えていくことは、とても重要で価値のある役割だと考えています。
その一方で、彼のこれまでの経験や実績を考えると、日本の陸上界のために、より大きなフィールドで力を発揮してもらいたいという思いがあり、その流れで打診したんです。
大嶋 それまでも僕が仕事で悩んでいるタイミングで、早野さんは折に触れて声を掛けてくださっていて、やはり先生だなと感じていました。
今回もお話をいただいたときは本当に嬉しかったですし、これまでの経験を活かしていきたいという思いと、期待に応えたいという気持ちが強くありました。もちろん整理すべきことや家族への相談もありましたが、僕自身としては大きく迷うことなく「ぜひお願いします」とお返事させていただきました。
ただ、これほど多くの人が関わるマラソン大会に携わるのは初めてでしたので、その責任の大きさに身の引き締まる思いもありましたね(笑)。
関わったすべての方が「やって良かった」と思える大会に

――大嶋さんにレースディレクターを継承するにあたり、東京マラソンのここだけは変えてほしくないというものはありますか?
早野 日本の大会だからといって日本人に過度に焦点を当てすぎて、グローバルスタンダードから外れてしまうこと。それだけは避けてほしいと思っています。特にエリートレースにおける東京マラソンの価値は、世界と肩を並べるレベルの中で、日本人選手がしっかり準備をしてオリンピックや世界選手権の代表を勝ち取る、そういう舞台であることです。その姿勢はこれからも変えず、日本人選手にメッセージを送り続けてほしいと思っています。
――大嶋さんは2024年にレースディレクターに就任してから、東京マラソンを今後どのように作っていきたいと考えていますか?

大嶋 私が就任した時にはすでに世界のトップランナーが出場する大会となっており、エリート部門においては世界でも有数の高速レースが展開される場になっていました。その意思は確実に引き継いでいかなければならないと考えています。
一方で、私自身も日本陸連時代にトラック&フィールドの国際大会で選手の招聘を担当していましたが、マラソンは全く異なる競技です。単純に記録の良い選手を集めればよいわけではなく、いかに選手が東京で最高のパフォーマンスを発揮して、しかもそれをハイレベルで実現させていくかという部分はまだまだ学ぶ必要があると感じています。また、安全面についても非常に重要だと考えています。マスレースでもある東京マラソンでは、レース中の心肺停止による死亡事故は起きていません。この点はAbbottWMMの中でも高く評価されていますので、今後もしっかりと維持し、最大限の対策を続けていきます。
――今、大嶋さんに話していただいたことも含めて、東京マラソンにおける“早野イズム”を引き継いでいるということですね。
大嶋 はい。東京マラソンはランナー一人ひとりが主役と言われていますが、主役はランナーだけではありません。これは早野さんも普段からおっしゃっていますが、大会を支えるさまざまな人たちがいて初めて成り立っています。ボランティアの皆さん、沿道で応援してくださる方々、警察や消防の皆さん、財団の職員など、本当に多くの方がこの1日のために力を貸してくださっています。そうした皆さんが協力し合って「東京がひとつになる日。」が実現していますので、大会が終わった後に、関わったすべての方が「やって良かった」と思える大会にしていきたい。その思いはしっかり受け継いでいきたいと考えています。
世界新記録を東京マラソンで出したい

――これからの時代に向けて、東京マラソンで取り組みたいことはありますか?
大嶋 現在は世界的にランニングブームが続いており、走っている人は増えています。つい先日も、ロンドンマラソンが10万名の参加を目指して大会を2日間開催するというニュースがありました。ニューヨークシティも6万名に手が届きそうな参加人数になっていますし、どのAbbottWMMの大会も5万名を意識しているのだろうと思います。東京マラソンでも、できるだけ多くの方に「走って良かった」と感じてもらえる大会にしたい。そのためにも、参加人数の拡大については検討していきたいと考えています。
また、エリートレースに関してはまだ世界記録が出ていません。将来的には東京を世界記録が生まれる大会にしたいという思いも強くあります。
早野 それは私ができなかったことだから、大嶋君にはぜひ成し遂げてほしいですね。
――世界記録に必要なものは何だと考えていますか?
大嶋 やはりトップレベルの選手の参加が絶対に必要だと思います。そのうえでペースメーカーの在り方も重要になってきます。世界記録レベルになると1kmを2分51秒くらいのペースで刻み続ける必要がありますので、負担も大きい。世界中のレースディレクターたちも様々な考え方はあると思いますが、例えばペースメーカが途中で交代できるようなレールに変更してもらうなど、世界陸連への提言なども検討してゆく必要があるかもしれません。
ただし、早野さんがすごくこだわっていることで、僕も絶対に引き継いでいこうと思っていることは、30km以降は選手自らの力で走ってほしいということです。40kmやフィニッシュ直前までペースメーカーがいるというのは、どうしても人工的な記録のように感じてしまいます。ただ、東京マラソンも30kmまではペースメーカーがいますので、その点で何が違うのかという判断は難しいところではありますが、でも、やはりマラソンで一番重要な30km以降を自らの力で走ってもらうということはすごく大事なことだと思っています。
早野 私が一番懸念しているのはレースが人工的過ぎる大会になってしまうこと。あまりに人工的にするのだったら記録会をやればいいわけですよ。やっぱり、マラソン大会の醍醐味は最後の30kmを過ぎてから。本当の勝負どころは自分たちの力で乗り越えてほしいなと思っています。実際、私がレースディレクターとして携わった最後の大会でも、37kmくらいまでは世界記録ペースでした。あと5kmですよ。でも、そういうレースを積み重ねていけばいいと思っています。もちろん、日本記録に関しても東京マラソンで出したいという目標がありますから、2027大会では皆さんに向けたサプライズも色々あると思いますよ。
二人のリーダーが考える「東京マラソンの価値」とは?

――お二人が思う「東京マラソンの価値」について、改めて教えてください。
早野 やはり、ドラマを作るのは参加者の皆さんだと思っていますから、私たちは東京マラソンという安心安全で皆さんが出たいと思うようなステージを用意し続けること。また、各大会で発信してきたメッセージですよね。例えばコロナ明けの2021大会では「もう一度、東京がひとつになる日。」、2023大会では「ONE STEP AHEAD」というランニングの先にあるもの、そして2024大会では「TOKYO, My favorite place…」。そうした社会的な価値を作っていく私たちのメッセージを今後も、「東京がひとつになる日。」の上に言い続けていきたいですね。
大嶋 私が感じている最大の価値は“人”です。運営、ボランティア、応援する方々、すべての人が強い思いを持って関わっている。この点は世界のどの大会にも負けない強みだと思います。東京は“人”が素晴らしいからリピートしたくなるという話もよく聞きます。それはやはり、ここまで20年かけて大会を作ってきた思いが、全ての関わっている人々にしっかりと伝わっているからだと思いますし、その価値はこれからももちろん引き継いでいかないといけないことの一つだと思っています。
――大嶋さんから今、東京マラソンの価値は“人”だというお話をいただきました。東京マラソンを通じて生まれる「人と人とのつながり」についてはどのように感じていますか?
早野 これは東京マラソンのコンセプトそのものであり、大会のロゴを変更した際にも、カラーや線の角度、幅などで表現しました。人のつながりが彩る全体のカラーは、それぞれのストーリーを持った色が折り重なってできているものです。そして、その一員になれたことを誇りに思えるようなレースを、これからもずっと続けていきたいという思いがあります。
人と人とのつながりについては、それぞれにさまざまな感じ方があると思いますが、私たちは東京マラソンという「東京がひとつになる日。」の総体として、その考え方を大会運営の中で引き継いでいきたいと考えています。人が交錯する様子をロゴで表現し、カラーはそれぞれ違っていても、みんなが一つになって考え、表現していく。その積み重ねを未来につなげていくことが、東京マラソンが考える「人と人とのつながり」だと思っています。
大嶋 早野さんの話に付け加えるなら、それが日本国内にとどまらず、世界に向けて広がっていくと本当にすごいことになると思っています。今年の東京マラソンは参加ランナーが3万9000名で、そのうちのほぼ半数が海外からのランナーでした。しかもご家族や友人と一緒に来ていただいていますし、現地に来られなくてもウェブやテレビなど、さまざまなメディアを通じて大会を見てくださっている方も多くいらっしゃいます。そうした方々が「いつか東京で走ってみたい」と思ってくださっています。
それだけ、日本国内に限らず海外からも東京マラソンに対して思いを持ってくださっている方がたくさんいるということです。これからも、人のつながりや関係性が、この東京マラソンという1日を通じてさらに広がっていくのだろうと考えると、とても楽しみですね。
――2027大会に向けたメッセージをお願いします。
早野 節目となる大会に向けて、ブルーインパルスの展示飛行などさまざまな仕掛けを考えています。一方で、これまでの10年、これからの10年というように一つひとつの期間での考え方はあると思いますが、基本的に東京マラソンがやっていくことはこれからもずっと変わりません。安心・安全で、エキサイティングで、そして温かい大会を目指し続けていきます。
大嶋 詳細についてはまだお伝えできませんが、多くの方に興味を持っていただける大会にしたいと考えています。そして、次の10年、20年につながる未来を感じてもらえるような大会にしていきたいと思っています。