インタビューリレー
東京マラソンを通じて生まれたつながりのストーリー
「命をつなぐ現場から。東京マラソンでつながった“救命の志”」― モバイル隊で救護に携わるプロの救急救命士と、その姿に憧れて進路を決めた学生とのつながりのストーリー ―

「東京マラソンを通じて生まれた“人と人のつながり”のストーリー」をテーマにお届けするインタビューリレー 2nd Run。今回は東京マラソンの現場で医療救護体制づくりを担ってきた国士舘大学の喜熨斗智也准教授と、実際に東京マラソンで救護活動に携わり、救急救命士を目指している国士舘大学4年生の在原璃穂さんに、「救護現場で生まれた、支え合うことで生まれる絆」をテーマにお話を聞きました。
ランナーの命を守る「モバイル隊」「BLS隊」

医療従事者が2人1組でコース上を巡回するモバイル隊
――まずは自己紹介からお願いします。

喜熨斗 国士舘大学体育学部スポーツ医科学科の准教授として、普段は救急救命士を目指す学生の教育を行っています。私が初めてマラソン大会の救護に関わったのは2003年です。当時はまだ学部生で、河口湖マラソンと東京シティロードレースにおいて、いかに早くAEDを使用できる体制を構築できるかという取り組みに関わっていました。
その後、2005年に大学院へ進学し、マラソン大会の救護体制づくりについて研究・実証を重ねていました。そうした中、2007年に第1回東京マラソンが開催される際、「1kmごとにAEDを持った学生を配置できないか」と東京マラソン側から国士舘大学に依頼があったんです。それで「喜熨斗、会議に行ってこい」と言われまして(笑)、それが東京マラソンに関わる最初のきっかけでした。それ以来、第1回大会から毎年、救護本部の指示センターに入り、東京マラソンの救護に携わっています。

在原 国士舘大学体育学部スポーツ医科学科4年の在原です。私は以前から、最前線の現場で人の命を救う消防士・救急救命士になりたいと思っていました。受験する大学を探している際、国士舘大学のホームページで東京マラソンの救護を担当していると知りました。まさか大学が東京マラソンの救護に関わっているとは思っていなかったのですが、実際の現場で活動できると知り、国士舘大学を志す事に。晴れて入学することができ、1年生から3年連続で東京マラソンの救護活動に参加しています。1年生の時は救護所、2・3年生の時はBLS隊として活動しました。
喜熨斗 在原さんのように、東京マラソンの救護活動は学生の間でも非常に人気があります。推薦入試の面接で「なぜ国士舘大学を選んだのですか?」と聞くと、「東京マラソンで救護活動をしたい。国士舘大学でしかできないから」と話す受験生はとても多いですね。他大学の学生さんも一部で救護活動に携わっていますが、AEDを使用して実際に処置を行う役割を担っているのは国士舘大学だけです。

コース上に1kmごとに配置されいち早くAEDを届けられるようランナーを見守るBLS隊
――国士舘大学の東京マラソンにおける救護体制の中で特徴的な「モバイル隊」・「BLS隊」について教えてください。
喜熨斗 2007年の第1回東京マラソンで、最初に依頼されたのがBLS隊でした。1kmごとにAEDを持った学生に立ってほしい、というものでした。
心停止が起きた場合、3分以内に電気ショックを行えるかどうかが生死を分けます。BLS隊に加え、1秒でも早くAEDを届けるチームとして、自転車で移動しながら巡回するモバイル隊の提案もさせていただきました。
こうして、AEDを背負ってコースを自転車で巡回する「モバイル隊」とAEDを携えて1kmごとにコース上に配置する「BLS隊」が誕生しました。
私自身が関わった大会で初めて心停止のランナーが出てしまったのが東京マラソンでしたが、その際、実際にモバイル隊がAEDを使用して救命することができました。
現在、東京マラソンのコース上では、救急救命士や看護師の資格を持つ医療従事者2人1組で約1.2〜1.5km間隔の区間を巡回しながら、それぞれの区間で連携して救護活動に当たるモバイル隊と、1kmごとにAEDを持った学生を配置して万全の救護体制を組んでいます。大会当日は、救護指示センター10名、モバイル隊24チーム48名、BLS隊40チーム80名、救護所約100名が活動を行っています。
人と人とが支え合う『命をつなぐ』現場

――救護体制をスムーズに運営するために心がけていることはありますか?
喜熨斗 私が常に伝えているのは「準備8割」という考え方です。当日は現場に任せるしかありませんが、その前段階でどれだけ準備できるかが重要です。連絡体制、配置や巡回ルール、危険箇所の確認、必要物品の洗い出しなど、事前に詰めておくことが重要だと考えています。
最近はデジタルトランスフォーメーションも進み、GPSやリモート機能を活用してリアルタイムで人の位置や現場状況を把握できるようになりました。その点でも、現場との連携は以前より格段にスムーズになっています。昨年からは、日本AED財団が開発した『RED SEAT』というアプリを導入し、位置情報などをチーム全体で共有しており、2026大会では国士舘大学以外の救護に関わるチームとも情報共有できる体制を整える予定です。
在原 私はBLS隊として2回参加していますが、東京マラソンは海外ランナーも多く、私自身、英語が得意ではないので、言葉が通じない場面が少なくありません。そこで東京マラソン財団さんが用意してくださった、「痛い箇所」や「気分が悪い」など、症状を指さしでヒアリングできるシートを使ったり、ジェスチャーを交えたりして対応しています。
喜熨斗 その紙、役に立ってる?
在原 はい、めちゃくちゃ活用しています。すごく助かっています!
――東京マラソン当日の現場において、救護スタッフ同士や大会運営スタッフ、ボランティア、あるいはランナーや観客と連携し支え合うことで、「人と人とのつながり」「命のつながり」を感じた経験はありますか?

喜熨斗 東京マラソンには『東京がひとつになる日。』というコンセプトがありますよね。本当にその言葉どおりだと感じる出来事がありました。
一般的な大会では、ランナーが倒れたという連絡が入ると、モバイル隊やBLS隊が現場に向かい、AEDを使用するという流れになります。しかし過去の東京マラソンでは、私たちが到着した時点で、すでにAEDが使用されていたケースがありました。私が覚えているのは、ランナーが倒れた際、近くで見ていた観客の方々が最寄りの駅までAEDを取りに行き、そのAEDを使って救命活動を行ってくださったケースです。モバイル隊が到着した時には、すでに心臓の動きは元に戻っていました。
大会として万全の救護体制を整えているのはもちろんですが、それ以上に、周囲の方々が倒れた人を助けようと自然に動いてくれた。救護スタッフだけでなく、ランナーや観客も含めて「東京がひとつになる日。」を実感しましたね。東京マラソンでは、私たちが到着する前に、観客やランナーの方が心肺蘇生を行ってくれているケースも非常に多いと感じています。
在原 私が特に印象に残っているのは、昨年の大会での出来事です。BLS隊として沿道に立っていた時、海外のランナーが目の前で倒れてしまいました。症状を聞こうと、英語のフレーズを書いた紙を使ったのですが、うまく伝わらず、正直「どうしよう……」と困ってしまいました。
その時、英語を話せるボランティアの方が駆けつけてくれ、さらにモバイル隊、メディカルランナーと次々に人がつながっていったんです。最初は私ともう一人の学生だけだった現場が、あっという間に多くの人の手によって支えられる体制になりました。
一人の傷病者を中心に、そうやって何人もの人たちが自然につながっていく様子を目の当たりにして、「本当にひとつになった」と強く感じました。
喜熨斗 ボランティアや観客の方々とのそうしたつながりも含めて、東京マラソンは本当に温かい大会だと思いますね。
東京マラソンの救護体制が与えた全国各地の大会への影響、
救護の価値観

大会時に24箇所設置(東京マラソン2025実績)される救護所
――救護という立場から見た、東京マラソンの魅力や特別な雰囲気について、どのように感じていますか?
喜熨斗 東京マラソンでは『世界一安全・安心な大会』を目指す、という世界一の大会を構成する重要な要素があります。それを実際に体現し、日本のマラソン大会をリードするフラッグシップになっていると、救護に携わる立場として強く感じています。
全国各地の大会が東京マラソンを参考に救護体制を整えており、私自身もさまざまな相談を受けています。東京マラソンでは、突然心停止に陥ったランナーについて、これまで全員を救命できています。そうした実績も含め、世界に誇れる大会だと思います。
実際、現在では多くの大会で、モバイル隊のようにAEDを背負い、自転車で巡回する救護チームが当たり前になりました。この仕組みを全国に広めたのは、東京マラソンだと考えています。
在原 東京マラソンのモバイル隊は、救急救命士や看護師などの資格を持つ医療従事者しかなれません。一方、他の大会では学生がモバイル隊として活動できる場合もあります。私は他大会でモバイル隊として活動した際、医療従事者の方から多くのことを教えていただきました。その経験をどう生かすかを考えながら、東京マラソンではBLS隊として活動しています。
BLS隊は医療従事資格を持たない救急救命士を志している学生2人1組のチームなので、不安を感じることも正直あります。それでも傷病者へのファーストタッチを学生が担う場面も多く、その分責任も大きいのですが、すぐにモバイル隊が駆けつけてくれる東京マラソンの連携体制は、本当に完璧だと思います(笑)。
――これらの経験を通じて、救護活動に対する価値観に変化はありましたか?
喜熨斗 マラソン大会でランナーが心停止に陥る確率は、およそ6万人に1人と言われています。私たちの第一の使命は、そのわずかなケースを確実に救命することです。
一方で、実際に多いのは、足の痛みや脱水症状など、競技続行が難しくなるケースです。そうしたランナーをいかに競技に復帰させるかも大切な役割になります。ただし、本人が「走りたい」と思っていても、これ以上走らせると命に関わる場合もあります。
ランナーの気持ちに寄り添いながらも、救護として譲れない判断をしなければならない。その折り合いをどうつけるかが、非常に重要だと感じています。
在原 実際の傷病者と関わる経験は、大学の授業だけではなかなか得られません。今でも東京マラソンでランナーの方と接する時は緊張しますし、処置だけでなく、声の掛け方やコミュニケーションの難しさも感じています。それでも、そうした経験を重ねることで、救急救命士になりたいという思いは、より一層強くなりました。
喜熨斗 年々、在原さんのように東京マラソンの救護を希望する学生が増えています。救急救命士を目指している本学の学生は全体で600名ほどいるのですが、3分の1くらいは参加を希望していますね。また、モバイル隊は学生たちの憧れにもなっているんですよ。救急救命士の資格を取って、はじめてモバイル隊になれる特別なものですから。
在原 はい、東京マラソンでは私たち学生はモバイル隊にはなれないので、本当に憧れですね。自転車に乗って駆けつけてくれた時の安心感はすごいなと思いますし、いつかやってみたいと思っています。
喜熨斗 卒業生3000人くらいにモバイル隊の募集をかけると、先着順であっという間に枠が埋まってしまいます。今年は北海道からの応募もありました。創設当初はここまで人気になるものとは全く思っていませんでしたね。もちろん東京マラソンというブランドもあると思いますが、みんながやってみたいと思ってもらえるような体制を作れたのはとても嬉しいです。
東京マラソンは現役の救急救命士、学生たちの学びの場に
――東京マラソンで救護活動を希望する学生について、どのように感じていますか?
喜熨斗 この学科に入学してくる学生たちは、全員が「救急救命士になり、人の命を救いたい」という強い思いを持っています。いわゆる「今どきの若者」と言われることもありますが、教育現場で接していると、そうした印象とはまったく異なります。非常に意識が高く、本気で救急救命士を目指していることが日々伝わってきます。
少子化が進み、学生数そのものは減少している中でも、救急救命士という道を志す若者が変わらず存在していることは、本当にありがたいことだと感じています。実際、国士舘大学を志望する受験生は増えており、命を支える仕事に真剣に向き合おうとする若い世代の確かな存在を感じています。
東京マラソンは、そうした学生たちにとって非常に貴重な学びの場です。普段の実習では訓練用の人形を相手にしていますが、東京マラソンの救護現場では、生身の人間と向き合うことになります。自分たちが積み重ねてきた学びが、実際の現場でどこまで通用するのかを体感できる機会はそう多くありません。だからこそ、東京マラソンは学生たちの成長にとって、かけがえのない経験の場になっていると感じています。
在原 処置の相手が人形から実際の人になると、どうしても緊張してしまいます。それでも「今まで学んできたことをここで発揮しよう」という気持ちはとても強く、自分はできると信じて臨んでいます。
1年生の時には、フィニッシュ地点の救護所でフィニッシュしたランナー全員の血圧などのバイタルを測定し、記録する役割を担当しました。本当に大変な作業で、ずっと走り回っていたのですが、とても貴重な経験でしたし、「どうすればもっと良くできただろう」と振り返ることで、救護へのモチベーションもさらに高まりました。
喜熨斗 救急救命士として現場に出ている人でも、心停止直後の患者に瞬時に対応する場面はそう多くありません。通報を受けてから10分以上かけて現場に到着するケースがほとんどです。その意味でも、東京マラソンは現役の救急救命士にとっても非常に学びの多い現場だとよく聞きます。
――今後、救護活動や東京マラソンを通じて、次世代へどのようにバトンをつないでいきたいですか?
喜熨斗 まずは、学生たちに日頃の学びがどこまで通用するのか、東京マラソンを「挑戦の場」として積極的にチャレンジしてほしいですね。将来的には、東京マラソンを経験した学生たちが救急救命士となり、全国各地でその経験を生かしてくれることを期待しています。
在原 私は現在、東京消防庁から内定をいただいており、来年からは消防官として東京マラソンに関わりたいと考えています。これまでBLS隊として培ってきた知識を、今度は消防官の立場で生かしたいです。
喜熨斗 将来、救護指示センターで在原さんと一緒に活動できたらいいですね(笑)。
ランナー、救命・救護の現場を目指す次世代へのメッセージ

――最後に、救命・救護の現場を目指す学生や若い世代、そして東京マラソンに参加するランナーの皆さんへメッセージをお願いします。
喜熨斗 ランナーの皆さんには、ご自身の目標に向かって挑戦していただきたい一方で、体調不良の方を見つけた際には、ぜひ大会の一員として救護に協力していただきたいと思います。スタッフに声をかけるだけでも、大きな助けになります。ランナー同士でも、今まで以上にもっと支え合えるような大会に成長していければと思っています。そして、学生たちには、ぜひ東京マラソンを自分の力を試す場として活用し、将来は救護スタッフとしてまた戻ってきてほしいですね。
在原 処置だけでなく、その人に合わせた接遇を大切にしたいと思っています。これからも、より良い関わり方を考えながら成長していきたいです。
喜熨斗 在原さんは学生最後の東京マラソンですから、悔いの残らないように頑張ってほしいですね(笑)。
在原 はい、頑張ります!
*命を守るために、今できること
— 東京マラソン公式「救命救急情報」のご紹介 —
東京マラソン公式ウェブサイトでは、
喜熨斗先生の監修のもと、
誰もが日常で活かせる救命救急の知識を分かりやすく紹介しています。
「もしものとき、あなたにもできることがある」
そんな気づきを、このインタビューの先でも受け取っていただけたら幸いです。
▶ 東京マラソン公式ウェブサイト
救命救急情報「あなたも人助けができます」
*東京マラソンの医療救護体制へのご協力
東京マラソンの医療救護体制は、多くの企業・団体の皆さまのご協力によって支えられています。ここにあらためて感謝申し上げます。
スポーツ自転車協力:トレック・ジャパン株式会社
AED協力:日本光電工業株式会社
医療救護協力:国士舘大学